No Excuse!!
『ものごとは前向きに・肯定的に考えよう』とはよく言われることだけれど、『前向き・肯定的な考え』を無理やり自分に信じ込ませようとしても、そもそも「無理やり」ということは、自分の中に(ほんの僅かでも)不安や疑いがあるということで、
なんでもそうだけれど、極端というのは振れる幅が大きいということで、反対に振れると今度はそちら側に極端になる。つまり、あまりに極端な『前向き・肯定的』は、簡単に『後ろ向き・否定的』にひっくり返るということだと思う。
『自己暗示法』の創始者と言われるエミール・クーエ(1858-1926・フランス)は
『私は日に日にあらゆる面でますますよくなっていく』
という言葉を用いることを勧めたそうで、言葉を現在進行形にすることで、潜在意識が『前向き・肯定的な考え』を受け入れやすくなるのだそう。
自分自身に『許可』を与える方法も有効だそうで『私は〜することができる』と言い切ることに抵抗があるときにはまず、自分自身に『許可』を与える、つまり『私は〜してもよい』と自分自身に言い聞かせるといいそうです。
たとえば。。。
『私は大好きなことを仕事にしてもよい』
『私は豊かな生活を送ってもよい』
『私は自分のことを愛してもよいし、多くの人から愛されてもよい』
まずは『無理やり』を自分に押し付けていないか?に気づく、そして、もしも『無理』をしているのであれば、それを力づくで自分に押し付けるのをやめる。
他人を尊び、他人にやさしくしようと思うなら、まずは、自分を尊び、自分にやさしくないとダメだと思います。
努力・忍耐・根性、人に甘くても自分に厳しくという克己的な精神性が強いニッポンジンは、自分にやさしくというと、自分を甘やかしてスポイルするというふうに(これまた)極端に考えがちのように感じるのだけれど
(好みの問題もあり、忍びがたきを忍び耐えがたきを耐えるのがだ〜いすき♡な部分も、多分にあるのだろう)、
いま目の前にいない誰かのことをあーたらこーたらしようとするのではなく、まずは、いま、ここにいる、自分をどうにかするのがいちばんてっとりばやいよなーと思う。
と、ここまで書いて思いついたのは、いま目の前にいない誰かのことをあーたらこーたらしようとするのは、いまここにいる自分をどうにか「しない」ことの、言い訳だね。そうだそうだ。
ぜんぜんはなしは違うのですが、タイトルのNo Excuseというのは、大学に入ってすぐの頃、Non Japaneseの先生の言ってること(英語)をクラスのメンバー全員がちょっと勘違いしていて、提出すべきものを提出しなかったことがあって、そのときに、みんなで、まだちょっと英語が完璧じゃなくて。。。みたいなことを言ったら、先生がバシッと言い放ったひとこと。日本語だとさしづめ「問答無用」ってところ。死ぬまで忘れないと思う。

















